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Tag der Hinokishin von 24. Mai 2020

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 Vielen Dank für Mitmachen bei dem Tag der Hinokishin von 24. Mai 2020!! 日時:2020年5月24日日曜日 場所:ウィーン・プラター並木道 内容:ゴミ拾い

Nützliche Baumstamm Yoboku / 用いる木と書いて用木

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昔、地元熊野の川沿いにある材木屋さんを通り過ぎる時、ちょうどそこの竹中さんが木の皮を剥いていました。水々しく水が溢れ、つるっと出てきたその木肌の白くて美しいこと。 「今から大阪の新築の家に嫁に行くんや」と教えてくれました。 Als ich ehemals in meiner Heimat ( Stadt Kumano Präfektur Mie) beim Holzladen am Fluss vorbeiging, arbeitete der bekannte Herr Takenaka gerade, um einen Baum zu schälen. Die weiße und schöne Oberfläche der Rinde, die mit einem Wasserfilm überzogen war und glatt zum Vorschein kam, war sehr schön. Er sagte mir, dass das Material gerade in ein neu gebautes Haus in Osaka eingebaut werde. すっとしたクセのないその木は使いやすく用いられるのかな、っと思った時、 天理教の信者さんで* おさづけ と言うものを頂いている人のことを“用木(ようぼく)”と言われていることを思い出しました。 Als ich mich fragte, ob das Baumaterial   nützlich sei , erinnerte ich mich  an das Wort "Yoboku", der den Tenrikyo Gläubigen darstellt, der *"Osazuke" empfangen hat. 用木とは、家を建てて行くことのように大工仕事から表現されている一つで、天理教の大目標である陽気くらし建設にあたり、建設作業に必要不可欠な用材に見立てて、用木(天理教の教えを学んでいる信者)が必要である、と言う意味です。しかしながらその用材が癖があり曲がりくねったり歪んでいる様なものでは用材として扱いにくい、使えない、となるので、できるだけまっすぐクセのない木の様に、陽気暮...

Ofudesaki XII, 89-96 / をふでさき 十二号 八九ー九六番

Bis jetzt planen alle Menschen in der Welt ihr Leben eigenwillig selbst.   XII, 89 いままでハせかいぢううハ一れつに めへめへしやんをしてわいれども  十二号 八九番 Zu meinem Bedauern beschäftigen sie sich nur mit ihren eigenwillig Plänen. Sie haben kein Herz, das anderen hilft.   XII, 90 なさけないとのよにしやんしたとても 人をたすける心ないので      十二号 九十番 Ich, Tsukihi, bitte euch: von jetzt an sollt ihr alle euer Herz völlig erneuern.   XII, 91 これからハ月日たのみや一れつわ 心しいかりいれかえてくれ      十二号 九一番 Wenn ihr fragt, wie ihr euer Herz erneuern sollt, antworte ich: erneuert euer Herz so, dass es ausschließlich an die Erlösung der Welt denkt.   XII, 92 この心どふゆうことであるならば せかいたすける一ちよばかりを    十二号 九二番 (どういう心に入れ替えるのであるかと言えば、 世界を救ける一条の心になってもらいたい。) Wenn die Zeit kommt, da sich alle Menschen in der Welt  gegenseitig helfen,   XII, 93 このさきハせかいぢううハ一れつに よろづたがいにたすけするなら     十二号 九三番 Will ich, Tsukihi, eure hilfsbereiten Herzen annehmen und auch selbst euch jed...

Ofudesaki XI / をふでさき 十一号

Wenn ein schwerer Druck eure Brust zusammenpreßt, solltet ihr wissen, dass dies das Drängen meines, Tsukihis Herzen darstellt.      XI - 1 むなさきへきびしくつかへきたるなら 月日の心せきこみである       十一号 一番 (今後は一列の人々に、次々と身上(身の上、身体的な問題) の障りが現れてくるであろう。 どのような障りが現れても心配するのではない。それは皆、 親神の心に深い考えがあってしていることである。) Was immer für ein Leiden euch heimsuchen wird, sorgt euch nicht darüber! Mein Tsukihis Herz hat große Absichten mit euch.   XI - 3 どのよふなさハりついてもあんぢなよ 月日の心えらいをもわく       十一号 3番 Immer wenn ihr von körperlichen Leiden heimsucht werdet, scheide ich eure Herzen voneinander.   XI - 4 みのうちにさハりついてもめへめへの 心それそれみなわけるでな      十一号 4番 (身上に障りが現れてくると言うても、 それは皆銘々の心通り現れてくるから、 これによって各人々々の心を一々皆分けるのである。 Ich scheide diejenigen, die lauteren Herzens sind,  von denen, die immer nur an sich selber denken.   XI - 5 しんぢつにをもう心とめえめえの しやんばかりをふもいいるとを    十一号 5番 Ich Tsukihi, scheide jetzt streng, je nachdem was für ein Herz ihr besitzt...

Ofudesaki VII をふでさき 七号

Was dachtet ihr alle bisher über die Erlösung von Geburtsnöten und die Befreiung von Pocken?  78 いままでも をびやほふそ のこのゆるし なんとをもふてみながいたやら  七八 (今までも をびや許し(安産の守り) や、 ほふそ守り( 当時流行っていた 痘瘡  ( とうそう )  の異称。 伝染病の守り) を許し出して来たが、 皆これを何と思うていたか。その深い理については、 恐らく何も分からないままでいたのであろう。)   Von nun an gewähre ich euch meine Hilfe in Geburtsnöten.  Durch sie werdet ihr sicher, schmerzlos und schnell gebären.    80 これからハ をびや たすけもしいかりと せつなみななにはやくむまする  八十 (これからは安産の守りを急いでは、 安全で痛みもなく早く生まれるであろう。)   Jede Art von Hilfe erhaltet ihr von mir durch den Gottesdienst, Wenn ihr ihn genau so vollzieht, wie ich, Tsukihi, euch sage.   83 どのよふなたすけするのもみなつとめ 月日ゆうよにたしかするなら  八三 (どのような たすけを するのも皆、 ようきづとめ の霊徳によるので 、親神の説き諭す通りに確かに つとめ を実行するならば、如何な た すけ も皆現すでであろう。)   Wenn ihr ein lauteres Herz habt, nehme ich, Tsukihi, euch gewiß an und erlöse euch.  84 しんぢつの心あるなら月日にも しかとうけやいたすけするぞや  八四 (親神の教える通りしっかり つとめ をすると言う真実の心があるな らば、必ず たすけ をしてやろう。) Diese Vorb...

Ofudesaki Teil VIII - 75 / をふでさき八号 七五番

Wenn ihr meint, dass noch irgendwo anders *Oya existieren würde, die euch das Leben gab, dann geht doch und versucht den Ort zu finden, wo sie lebt! にんげんをはじめたをやがも一にん どホにあるならたつねいてみよ *Oya Gemeint ist das Werkzeug, das in der "Erzählung von Ursprung" die Funktion der "Urmutter" ausübte. 七五    人間を創め出した親が、この他にいま一人どこかにあるならば、捜し出して見るが良い。 Wenn  dann, würde ich sie auch gern fragen, warum und wofür  sie Menschen geschafft hat.  もしいるのであれば聞いてみたい、どうやって何おために人間が創られのか。 #Tenrikyo #Wien #Freude #Gott #Leben  #Menschheit  #warum?  #天理教 #ウィーン #喜び #神様 #生きる  #人間  #なぜ?

アムリタを読んで

久々に吉本ばななの作品を読みました。 “アムリタ” 最後の方にその題名の意味が出てきました。  ー神様が飲む水のことー 「生きていくことが、ごくごくと水を飲むようなこと」 と表現されていました。 “水” は 生きていく上で一番大切なもの。 天理教でも十全の守護と言う、神様のお働き、ご守護(そのお陰でこの世の中も私たちの体も ’普通、当たり前’ のように使わせて頂けている、機能しているもの)として教えられている大事な教えがあります。 その中で “水” は一番最初に説き聞かして頂いているもの。 その働きに名を付けられていて   くにとこたちのみこと  ー 人間身の内の目うるおい、世界では水の守護の理 と言われています。 水がないと生活できません、植物も育ちません、飲めなくなると言うことはもう死を迎えると言うことにもなります。 子が母親の胎内で育っていく時、最初に目が作られて行きます。目で見ること、感じることでの感覚を人間は一番多く持っています。 この “アムリタ” の主人公も、あらゆるもの、出来事をそのまま感じ取り、理解し また理解しようと受け入れ、それらを そう として味わっている。時には感謝して生きている。そんな風に私は感じました。 生きていくと言うこと=水の働きのように理解しすること(私の意見でもあります。)  そしてそれを受け止めようとする行為、心が その先に来る時、人生を形づくって行くような、    それが 生きていくこと に成っていくのかな、と感じました。 『ごくごくと水を飲むようなこと』 とても単純で とても有難いこと。 この主人公の様に、水を飲むことを味わい、出逢いに、そしてその別れをまた味わい、景色を味わい、空気を味わい、意見を味わい、その静けさを味わい、その笑顔を味わい、その時を味わい、知ると言うことを味わい、愛する、愛されることを味わい、熱を味わい、現れでてくることを味わい、生きていることを味わい。 そうやって 神様が飲む水 “甘露” を共に味あわさせて頂けることにもなるのかな。 たまたま友達に借りた本でしたが、今このコロナでの世界的震撼が起き、ここウィーンでも外出禁止令が出て二週間も経ち、きっと普段と違う生活になり窮屈にも感じ、それに伴う問題を抱えている方も少...