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Ofudesaki VII をふでさき 七号

Was dachtet ihr alle bisher über die Erlösung von Geburtsnöten und die Befreiung von Pocken?  78 いままでも をびやほふそ のこのゆるし なんとをもふてみながいたやら  七八 (今までも をびや許し(安産の守り) や、 ほふそ守り( 当時流行っていた 痘瘡  ( とうそう )  の異称。 伝染病の守り) を許し出して来たが、 皆これを何と思うていたか。その深い理については、 恐らく何も分からないままでいたのであろう。)   Von nun an gewähre ich euch meine Hilfe in Geburtsnöten.  Durch sie werdet ihr sicher, schmerzlos und schnell gebären.    80 これからハ をびや たすけもしいかりと せつなみななにはやくむまする  八十 (これからは安産の守りを急いでは、 安全で痛みもなく早く生まれるであろう。)   Jede Art von Hilfe erhaltet ihr von mir durch den Gottesdienst, Wenn ihr ihn genau so vollzieht, wie ich, Tsukihi, euch sage.   83 どのよふなたすけするのもみなつとめ 月日ゆうよにたしかするなら  八三 (どのような たすけを するのも皆、 ようきづとめ の霊徳によるので 、親神の説き諭す通りに確かに つとめ を実行するならば、如何な た すけ も皆現すでであろう。)   Wenn ihr ein lauteres Herz habt, nehme ich, Tsukihi, euch gewiß an und erlöse euch.  84 しんぢつの心あるなら月日にも しかとうけやいたすけするぞや  八四 (親神の教える通りしっかり つとめ をすると言う真実の心があるな らば、必ず たすけ をしてやろう。) Diese Vorb...

Ofudesaki Teil VIII - 75 / をふでさき八号 七五番

Wenn ihr meint, dass noch irgendwo anders *Oya existieren würde, die euch das Leben gab, dann geht doch und versucht den Ort zu finden, wo sie lebt! にんげんをはじめたをやがも一にん どホにあるならたつねいてみよ *Oya Gemeint ist das Werkzeug, das in der "Erzählung von Ursprung" die Funktion der "Urmutter" ausübte. 七五    人間を創め出した親が、この他にいま一人どこかにあるならば、捜し出して見るが良い。 Wenn  dann, würde ich sie auch gern fragen, warum und wofür  sie Menschen geschafft hat.  もしいるのであれば聞いてみたい、どうやって何おために人間が創られのか。 #Tenrikyo #Wien #Freude #Gott #Leben  #Menschheit  #warum?  #天理教 #ウィーン #喜び #神様 #生きる  #人間  #なぜ?

アムリタを読んで

久々に吉本ばななの作品を読みました。 “アムリタ” 最後の方にその題名の意味が出てきました。  ー神様が飲む水のことー 「生きていくことが、ごくごくと水を飲むようなこと」 と表現されていました。 “水” は 生きていく上で一番大切なもの。 天理教でも十全の守護と言う、神様のお働き、ご守護(そのお陰でこの世の中も私たちの体も ’普通、当たり前’ のように使わせて頂けている、機能しているもの)として教えられている大事な教えがあります。 その中で “水” は一番最初に説き聞かして頂いているもの。 その働きに名を付けられていて   くにとこたちのみこと  ー 人間身の内の目うるおい、世界では水の守護の理 と言われています。 水がないと生活できません、植物も育ちません、飲めなくなると言うことはもう死を迎えると言うことにもなります。 子が母親の胎内で育っていく時、最初に目が作られて行きます。目で見ること、感じることでの感覚を人間は一番多く持っています。 この “アムリタ” の主人公も、あらゆるもの、出来事をそのまま感じ取り、理解し また理解しようと受け入れ、それらを そう として味わっている。時には感謝して生きている。そんな風に私は感じました。 生きていくと言うこと=水の働きのように理解しすること(私の意見でもあります。)  そしてそれを受け止めようとする行為、心が その先に来る時、人生を形づくって行くような、    それが 生きていくこと に成っていくのかな、と感じました。 『ごくごくと水を飲むようなこと』 とても単純で とても有難いこと。 この主人公の様に、水を飲むことを味わい、出逢いに、そしてその別れをまた味わい、景色を味わい、空気を味わい、意見を味わい、その静けさを味わい、その笑顔を味わい、その時を味わい、知ると言うことを味わい、愛する、愛されることを味わい、熱を味わい、現れでてくることを味わい、生きていることを味わい。 そうやって 神様が飲む水 “甘露” を共に味あわさせて頂けることにもなるのかな。 たまたま友達に借りた本でしたが、今このコロナでの世界的震撼が起き、ここウィーンでも外出禁止令が出て二週間も経ち、きっと普段と違う生活になり窮屈にも感じ、それに伴う問題を抱えている方も少...